Toshikane Jewelry

緻密なミクロアートの小宇宙 俊兼ジュエリーとの出会い

【手記】 / text by Yuko Kohga


ロストテクノロジーを探求するなかで出会った「俊兼ジュエリー(通称:トシカネ)」。
人の手の限界を超えた美しい色彩と緻密な造形に、思わず虜に。
その出会いから展示にいたるまでの軌跡を記します。


 

幻のポーセリンジュエリー、トシカネと出会う

佐賀県の有田で発見した「セラミックボタン」については前述の通りですが、「こうなったらなんとしてもボタンを復刻させたい」と全国を駆け巡りながら研究を進めるなかで、精密な“ポーセリンジュエリー(陶磁器の宝石)”の存在を耳にします。その名は「俊兼ジュエリー」。 “トシカネ”とも呼ばれるこの作品は、今やコレクターが収集したもの以外で目にすることができず、現代の技術を持ってしても再現が難しい“幻の宝石”とも呼ばれています。そんな素晴らしい作品があると知ってからは、まるで宝探しの地図を手にしたように、人の手の限界を超えた色彩と緻密な超絶技巧でつくられた“幻の宝石”とやらを一目でいいから目にしてみたい、という気持ちが日を追うごとに高まっていきました。

 

精密な立体の造形と鱗(うろこ)の精度。金彩も細部にまで丁寧に塗られている。これがわずか2cmほどの大きさだというから驚きだ。

 

幻のジュエリーの話を耳にしてから半年ほど経ったある日、「トシカネ」と念願の対面を果たすことに。 初めての対面は、東京・浜町にある「ボタンミュージアム」でのこと。世界各国の美しいボタンの数かずがショーケースに並ぶなか、ひと際精巧につくられた「トシカネ」の作品。現物を目にしたときの衝撃は、今でも忘れられません。 「これは陶器……!? ここまで立体的で緻密な色彩豊かなジュエリーは見たことがない」 直径10mmにも満たない陶器に彫られた立体な彫刻と、恐ろしく細かな造形に対して描き込まれた色彩や絵柄は非常に生々しく繊細で、まるで生きているようなリアルさがそこにありました。 ルーペで見ると緻密な細工はもちろん、一見して同じように見える模様それぞれの色のつけ方に、微妙な違いが確認できます。 繊細な色使いと圧倒的なまでの解像度を誇る陶磁器のジュエリーは、いつまで眺めていても見飽きることはありません。

 

圧倒的な解像度を誇る、「トシカネ」の色彩豊かなジュエリーたち。通常の陶磁器の焼き物は2〜3回焼いて製作するところ、「トシカネ」ではなんと5回以上も焼くこだわり様。一つひとつの工程に、人の手業を超えた技術力と職人の魂が込められている

 

興味を抱いた私たちは「トシカネ」の情報を得ようとするも、詳細は不明。当時の職人もほぼ残っておらず、製造方法においては完全に企業秘密だったため、もはや現代では再現不可能とのことでした。 「ここでもまた、ロストテクノロジーと出会ってしまった……」 驚異的なまでの素晴らしい作品づくりを司る重要な技術が失われているという厳しい現実を、再び突きつけられた瞬間でした。同時に、「トシカネ」の歴史をあらためて明らかにしたいという思いが芽生え、私たちは当時を知るさまざまな人びとの証言を収集しはじめることとなります。

ボタンミュージアムではじめて目にした「トシカネ」の作品。七福神や般若など、リアルで生々しい作品をひと目観て虜に

写真右:コレクターの下田氏宅で拝見した「俊兼ジュエリー」の帯留め。色彩の美しさと造形の精巧さが高度に融合した解像度の高さに、思わず圧倒される。
写真左:虫眼鏡をとおして観ると、その精巧さをより実感することができる

時代に埋もれてしまった「トシカネ」

「俊兼ジュエリー」とは、有田の「深川製磁」で磁器を製作していた小島俊一氏と、有田焼の絵付け師・南兼蔵氏により、昭和6年に創業。帯留めづくりとしてスタートしたブランドで、名称の由来はふたりの名を一文字ずつ冠して「トシカネ」となりました。 当時は彫金や象牙、珊瑚などでつくられていた帯留めを、焼物でつくること自体が画期的なこと。しかし、太平洋戦争がはじまると帯留めは贅沢品として制作が禁じられ、軍人向けの微章づくりへと転向します。

「俊兼ジュエリー」の名は、創業者の小島俊一氏(写真左)と南兼蔵氏(写真右)の名前から漢字1文字を取って命名された。 資料提供:松永功氏

海外輸出品として人気のあった日本的なモチーフの作品。周りの黒い部分は絵柄を浮き立たせるため、黒よりも黒いマットな質感が施されている。これは紫の釉薬を何度も重ねて焼くことで複雑に色が重なり、黒よりも黒く見える”深黒”の表現が可能となったそう。これも、職人による日々の釉薬研究と細部まで美をこだわり続けた結果の賜物である

 

終戦を迎えると、今度は進駐軍向けにアクセサリー制作を開始。「トシカネ」は占領軍向けの“PX(ピー エックス)”と呼ばれるショップで販売されていた時期もあり、海を渡り国外でも多くの人びとに受け入れられていきました。時代の流れに合わせて姿を変えてきた「トシカネ」ですが、その背景にあるのは、広く知られるために取り組んできた試行錯誤の連続。なかでも戦後に誕生した異国情緒あふれるデザインの製品は、欧米人を中心に好まれたそうです。 こうして世界的な認知も徐々に獲得していった「トシカネ」。全盛期には50~60人もの従業員が従事し、年間数万個の注文があったといいます。しかし、昭和60年には世界的な経済のあおり(プラザ合意)を受け、アメリカへの輸出が完全にストップする事態に。

当時の着彩部の様子 資料提供:松永功氏

写真左:着彩を施す南兼蔵氏。写真右:六本木にあった「俊兼ジュエリー」の路面店(2009年頃撮影)。 資料提供:下田貴美子氏

 

過去には東京の六本木に直営店を展開し、「ホテルオークラ」にアーケードショップを持っていた「トシカネ」。1ドル=360円の時代が終わりを迎えた頃には、日本的な土産品を求める外国人観光客にとって手軽に買える代物ではなくなってしまいます。そうした事情もありホテルのアーケード・ショップは閉店し、六本木の直営店だけに。2000年代に入り、六本木の直営店が閉店するとともに、他に類を見ないデザインを持った有田焼の宝石は表舞台から姿を消します。 時代の流れとともに人びとの趣味趣向が変化するなか、次第に「トシカネ」は“幻のジュエリー”となってしまったのです。 異国情緒あふれるユニークなデザインはもとより、今では再現不可能であり現存するものだけという流通の超希少性価値が海外のコレクターの間で再び注目を集めている「トシカネ」の作品。現在、海外のオークションでは1円玉サイズ程の陶磁器製のアクセサリーが数万円という高値で取引されています。

 

製品に付属していた「俊兼ジュエリー」のブランドコンセプト。「陶芸は火の技、灼熱の炎に微妙幽玄な変化の味と磨き上げた伝統の陶技こそ最高の工芸」と銘打っている。創意工夫のもとたどり着いた、トシカネの唯一無二の技法だからこそ記すことのできる文章である

 

トシカネの圧倒的な凄み

トシカネが人びとを魅了する理由のひとつに、小さな世界に描き込まれた“精巧さ”が挙げられます。 海外では明治の薩摩ボタン並みに貴重とされていた「トシカネ」は、小さなパーツで直径10mmほどにも関わらず、多いものではなんと5回も窯で焼いていたのだそう。 繊細な型をつくり、焼き上げ、それを糸よりも細い線で緻密に絵付けをする工程は、現代の技術と道具をもってしても気が遠くなる作業です。

 

「トシカネ」の制作工程見本。大きくは4部に分かれていた。製作工程見本の現物は、直営店舗の閉店の際に残念ながら喪失してしまったという。資料提供:下田貴美子氏


主な製作工程:

1.石膏型に入れ成形 → 2.素焼き→3.下地塗り/花の図案部分は色が抜けている4.第1吹付/下地をスプレーで汚さないよう金属カバー(吹き付けたい部分だけに穴のあいたもの)を被せる5.第2~第4吹付/4の工程を繰り返す→6.本焼成→7.上絵付(金彩&色絵)/デザインによっては筆による絵付。銅を原料とした金色の着剤を最終の金属カバーで覆い吹き付ける→8.上絵本焼成 ※独自取材による調べ

着彩には当時の有田では一種のタブーとされてきた、洋食器などに用いる絵の具を混ぜて使ってみたり、職人が独自に研究・配合した釉薬などを使っていたとのこと。なかには現在入手困難な原材料(顔料)もあるため、再現不可能な色もあるといいます。 有田焼の既存の概念を覆し、職人の努力で試行錯誤しながら辿りついた結果、この圧倒的な色彩の解像度を導き出しているのです。色がその時代を反映しているなんて、ロマンを感じずにはいられません。 デザインはさまざまリクエストを元に、数えきれないほど多くの作品が開発・制作されてきました。 特に海外の人たちにも受け入れられるような、日本らしいモチーフや独特なデザインは、現代においてもユニークで普遍的。そのデザイン性もまた「トシカネ」の唯一無二の魅力。独特かつ不思議なモチーフを眺めながらストーリーを組み立てて空想するのも、「トシカネ」の醍醐味のひとつと言えるでしょう。

 
 

次世代へと繋げるために

「今では市場に出回ることのない、歴史のなかに姿を消した『トシカネ』が、誰の目にも触れずにいるなんてもったいない」。取材を通してそう思いはじめていた私たちは、「トシカネ」の背景にある技術やストーリー、そして圧倒的な職人の技術を知ってもらうことで感動を伝え、未来のテクノロジーへと繋がるヒントにならないかと思い、世界初となる『トシカネ』の展示を企画しました。

 
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